南北朝時代に楠木正成が敗れて自害したことで知られる「湊川の戦い」は、学生時代に日本史を勉強していれば必ず習う出来事ですが、その湊川の上流に当たる天王谷川沿いには「湊山温泉」という温泉銭湯があり、ここのお湯が結構良いとい情報を得たので、路線バスに乗って訪れることにしました。「平野」という停留所でバスを降りて商店街を抜け、六甲の山裾に民家が蝟集する庶民的な住宅街の路地を進んでゆくと、山から落ちるようにして流れてくるコンクリ護岸の細い川に架かる小さな橋に出くわし、川岸には温泉と染め抜かれた赤い幟がたくさん建ち並んでいました。周辺の街並みにマッチしている、昭和レトロな渋い佇まいの銭湯です。
一つ一つにナンバリングされている昔ながらの下足箱(アルミ板の鍵)に靴を収め、ロビーに設置されている券売機で料金を支払います。施設のホームページによればこちらの浴場は「銭湯型の温泉浴場」、つまり銭湯のようで銭湯ではない、ということらしく、そのためか湯銭も兵庫県の入浴料金統制額である420円を上回る680円となっています。番台ではドリンク類が販売されている他、その周りではいろんなお菓子が床や棚に陳列されていました。
番台から脱衣室へ入ると、館内はまさに昭和の銭湯そのもの。脱衣室は広々しており、床置型のエアコンも設置されています。私が浴室へ入ったタイミングには運良く誰もいなかったので、室内の様子をサクサクっと記録させていただきました。浴室は奥行きが長く、途中でちょっと左へ折れる造りとなっており、中央では「低温槽」「中温槽」「ぬるま湯槽」の3つが連結され一体となって主浴槽を形成しており、その奥に円形の「高温槽」、その左手の塀際に「源泉鉢湯」、浴室入口の左手に「源泉槽」といった各槽が配置され、中央の主浴槽を挟む形で浴室左右両壁際にシャワー付き混合水栓が計15基並んでいます。
全ての浴槽で源泉のお湯を使っており、加温の程度などは槽によって異なるものの、各槽とも非加温の生源泉を投入できるバルブがあり、開閉自由なので、お客さんは思い思いにバルブを開けて源泉を浴槽へ注ぎ入れていました。なお源泉のままだと温度が低いため、「源泉鉢湯」と「源泉槽」以外では加温しており、底面より加温したお湯を供給しています。加温された浴槽のお湯は緑色を帯びた黄土色に弱く濁っており、湯中では黄土色の湯の花がたくさん浮遊していました。
なお館内表示(日本温泉協会の温泉利用証)によれば、加温以外の加水循環消毒は行っておらず、完全放流式を実践しているのこと。主浴槽群の「中温槽」がオーバーフローする箇所では、床タイルの上に温泉成分による鱗状の析出が見事なまでにビッシリとこびり付いていました。
「源泉鉢湯」とは鉢を思わせる小さな弓状の槽であり、非加温の生源泉をかけ湯するための設備であります。以前は後述する「源泉槽」が無く(単なる水風呂だったそうです)、この鉢湯が生源泉を浴びられる唯一の槽だったようです。訪問時にもこの槽から手桶やミニバケツで源泉を汲んで、頭から行水するお客さんの姿が多く見られました。かけ湯という性格上、お湯が辺りに飛び散りやすく、槽の周りはお湯の飛沫によって赤茶色に染まっていました。
浴室入口のすぐ目の前に据えられているのが、ちょっと歪な形をした「源泉槽」でして、元々は水風呂だったそうですが、いつの頃からか非加温源泉が注がれるようになったようです。2人程度しか入れない小さな槽ですが、ここに張られている源泉が篦棒に気持ち良い! 上から這わされている塩ビ管から非加温の生源泉がしっかり投入されており、間断なく浴槽縁の上を溢水しています。そして人が入るとザバーっと音を轟かせながら豪快に溢れ出ていきます。このオーバーフローによって、タイル貼りの浴槽周りは元の色が判然としないほど赤黒く染まっており、このビジュアルだけでもお湯のパワーが伝わってくるようです。
他の浴槽では加温されたお湯が張られており、加温によってお湯が緑色を帯びた黄土色に濁っていましたが、非加温状態では若干黄色み掛かっているものの、ほとんど濁りの無い透明であり、お湯を手に掬ってテイスティングしてみますと、辺りを濃い赤茶色に染めるほど明瞭な金気の味や匂いの他、微かなタマゴ的味覚と匂い、ほろ苦味、そして炭酸味が感じられました。
遊離炭酸ガスが422mgもあるように、「源泉槽」に浸かると1分もしないうちに全身が泡だらけになり、肌の上で気泡がシュワシュワと弾ける感覚も得られました。湧出時点で約27℃という、ぬるいどころか冷たいお湯を加温せずに投入していますから、実質的には水風呂みたいなものであり、入りしなは結構冷たいのですが、体が徐々に温度に慣れてゆくのと並行して全身が気泡で覆われてゆき、気づけば非加温湯の魔力に取り憑かれていました。アワアワ湯が好きな私として、自分が泡まみれになってゆく過程を見つめている時間は正に恍惚のひと時であると同時に、冷たすぎない温度ですから、体に無理なく爽快な冷温浴を堪能することができ、加温槽と非加温槽を何度も往復してしまいました。しかも30℃未満であるにもかかわらず、炭酸の効果なのか、浴槽から上がった後は不思議にも体の芯がポカポカと温まり、且つ肌はサラサラ爽快という、何ともありがたい浴感が持続しました。
なお「湊山温泉」のすぐ傍にはかつて「天王温泉」という浴場があったそうですが、残念ながら2004年に閉鎖されてしまい、その跡地には上画像のような石碑が立っています。碑文によれば平清盛や豊臣秀吉にも縁のある、長い歴史を有する温泉だったようです。どんなお湯だったのでしょうか…。
ナトリウム・カルシウム-炭酸水素塩・塩化物温泉 26.8℃ pH6.33 150L/min(掘削自噴) 溶存物質1.16g/kg 成分総計1.58g/kg
Na+:195mg(58.9mval%), Mg++:20.4mg(11.7mval%), Ca++:76.7mg(26.6mval%), Fe++:1.63mg,
Cl-:133mg(29.6mval%), HCO3-:538mg(69.4mval%),
H2SiO3:160mg, HBO2:21.6mg, HAsO2:0.31mg, CO2:422mg,
JR神戸駅より神戸市バス7・9・110・112番のいずれかで「平野」バス停下車、徒歩6~7分
兵庫県神戸市兵庫区湊山町26-1 地図
078-521-5839
ホームページ
7:00~22:30(水曜は17:00~22:30) 不定休
680円
ロッカー・ドライヤー(有料20円/3分)あり、石鹸やタオルなど販売あり
私の好み:★★+0.5
コメント
はじめまして
楽しく拝見させていただいております。
私も温泉好きでよく写真におさめていますが、ザッとブログを見たところ、「よく撮れてるなぁ~」と感心する一方で、先客がいた場合はどうしているのか聞いてみたくなりました。
まず、独り占めという状況はほぼないと思います。「ちょっと写真撮らせてください」とか言っているのでしょうか?
これからじっくり読ませてもらいます。
個人的には九州の温泉が好きです。
Unknown
gakuさん、はじめまして。
いつもこのブログをご覧くださりありがとうございます。
私も九州の温泉が大好きで、年に何度かは湯めぐりに出かけています。近年はLCCの就航により、従来より旅費を抑えることができるので、とても助かっています。
さてご質問の件ですが、私は平日に休みをとって出かけることが多く、意外と独り占めできちゃいます。あるいは、そのタイミングが来るまで待ちます。もちろん場合に応じて声掛けしています。でも混雑時や施設のローカルルールによって機器類持ち込み禁止のところは、一切撮っていません。ここ数日は阪神間の温泉を取り上げていますが、半数近くの施設で館内の画像がありません。
都市部ですと昼間でも多くのお客さんがゆっくり寛いでいらっしゃいますから、私も入るだけにとどめ、その代わりに室内の様子などを懸命に目に焼き付け、湯上り後すぐメモに記録しています。実は記事にするまで何度も通っている温泉もあるんですよ。良い温泉へ皆さんをお誘いすべく、その魅力をお伝えしたいので…。
これからも宜しくお願い致します。
Unknown
湊山温泉は利用客減少などを理由に今年(2015年)で廃業すると報じられていましたが…
「清盛ゆかりの名湯存続へ 静岡の企業が救いの手」(神戸新聞NEXT・2015年5月4日)
http://www.kobe-np.co.jp/news/shakai/201505/0007988840.shtml
徳俵に足が掛かって、上半身が仰け反りかかったギリギリのところで、何とか踏みとどまれたようです。廃業目前の名湯を救える企業、カッコイイ!!