世界唯一のばんえい競馬が開催されている帯広競馬場には、鉄道ファンが思わず関心を寄せたくなるものが存在していると聞き、射倖心を満たすついでに立ち寄ってみました。
●ばんえい競馬で賭ける
みなさまご存じかと思いますが、ばんえい競馬のばんえいは漢字で「輓曳」と表記し、一般的な競馬のようにスピードを競うのではなく、農耕馬がおもりを載せた橇を曳くパワーとタイムを争う輓馬のレースであります。入口のインフォメーション前には橇の実物が展示されていました。「こんなに大きいのね」と感嘆したり、あるいは「意外と小さいんだな」と口にしたりと、感想は人によって様々のようですが、私個人として目を惹いたのが橇の下に展示されている蹄鉄です。小さく見難くて申し訳ないのですが、額縁に入った蹄鉄のうち、左右の大きなものがばんえい競馬の馬の蹄鉄、中央の小さなものがサラブレッドのものです。ひたすらスピードを競う繊細なサラブレッドと違い、地面を踏ん張って重い荷物を曳かなきゃいけない輓馬は蹄が大きいのですね。
広大なスタンド。ほとんど人影が見られませんが、これでも一応レース開催中ですよ。説明するまでもありませんが、極寒の帯広で好き好んで外へ出ようという人間は観光客の他におらず、観客の皆さんは出走時以外は暖かい館内で、新聞片手に赤鉛筆をペロペロしながらヌクヌクしているわけですね。でもこの日は最高気温がマイナス1℃と、帯広にしては暖かい陽気でしたので、私は屋外をうろうろしておりました。
私が競馬場へ入場したとき、ちょうど第4レースのパドック中でした。せっかくだからこのレースに投資してみることに。最近はすっかりギャンブルから遠ざかっていますが、学○時代から20歳代中頃にかけてはよく馬券を買っていたので(学生時代の悪行についてはもう時効でしょうからご勘弁を)、その時の知識を思い出し、無い知恵を総動員させました。
ゲートに馬が入り始め…
スターターが旗を振ってファンファーレが鳴り響き…
さぁ出走です。↑画像はちょうど第一障害を乗り越えようとしているところ。
コースは200メートルの直線で、途中二つの障害が設けられています。
各馬第一障害をクリアし、鼻息を荒げながら山場である第二障害へ向けて進んでいきます。「駿馬の疾走」と表現したいところですが、重りを載せた橇を引くばんえい競馬の馬のスピードは人間の小走り程度しかなく、人が走っても十分追い越せちゃうほどです。いや、疾走するどころか、第一障害と第二障害の間の平坦路では、むしろ馬が止まってしまいました。予備知識の無い私は「あれれ、故障発生か?」と勘違いしてしまいましたが、大きなハンプである第二障害を勢いつけて登るべく、一旦手前で止まって、馬の呼吸を整えているんだそうです。もちろんこのタイミングこそ重要な駆け引きとなるわけでして、ここでこそジョッキーの腕がものをいうのですね。
第二障害を越え…
ゴール。
普通の競馬はゴール線上に鼻先など胴体の一部が達した時点でゴールとなりますが、物資運搬の荷馬が起源のばんえい競馬は、たとえ馬がゴール線を通過しようと橇の最後部が完全にゴール線を過ぎなければゴールにならないという独特のルールがありまして、それゆえゴール線上でバテて止まっちゃった馬を尻目に、他の馬が追い越してしまうという、ゴール線上の逆転劇も起こりうるんだそうです。
このレースでは2番の馬が第二障害上でへそを曲げてしまい、その場にクタっと腰を下ろしてまったく動かなくなっちゃいました。しばらくその場で蹲っていましたが、調教師やジョッキーが懸命になだめ、他の馬に遅れること数分、ようやくゴールを切ってくれました。
馬が走り終えるとすぐさま次レースに向けて馬場の整備が行われます。
さて結果は1着9番・2着6番でした。見事的中です。でも馬連4点のボックス買い(500円×6組)で、配当が3倍しかつかなかったので、差引1500円のマイナス。
斜陽感が強く臭う館内。どの公営ギャンブルにも共通していますが、年配の方が目立ちます。腹ごしらえをすべくカレーラーメンをいただきました。北海道でカレーラーメンといえば室蘭ですが、ここ帯広でも意外と美味かったぞ。
●バックヤードツアー
帯広競馬場で鉄道ファンが関心を抱かずにはいられないモノは、関係者以外立入禁止以外のエリアに行かないと間近で見学できませんが、競馬開催日に実施されるバックヤードツアーに参加すれば、そのエリアに立ち入ることができるため、期待に胸を膨らませながらツアーに申し込みました。申し込みは第5レースの出走まで受け付けており、料金は無料。第5レース終了後(15:30すぎ)にインフォメーション前集合です。点呼を受け、参加者証を受け取り、隊列を組んでガイドさんの引率により、ツアー出発です。
事務所でアルコール消毒を受けた後、まず装鞍所を見学です。出走を控えた馬たちが馬具を装着し、公正なレース遂行のために点検を受ける場所です。この時はちょうど第7レースに出走する馬たちが係員の点検を受けている最中でした。装鞍所とはいえ、鞍を着けずに裸馬状態の背中に騎乗するのがばんえい競馬の特徴のひとつ。そんなにスピードは出ないとはいえ、乗馬には相当な技術が求められるんでしょうね。
ジョッキーがレース前夜に「軟禁」される宿舎。不正が行われないよう、外部との接触を遮断することが「軟禁」の目的。でも、あらゆるモバイルギアが普及している今、当事者を隔離することにどれだけ意味があるのか、ちょっと疑問に思ってしまいました。
第6レースの馬がゲートへ向かった直後で、誰もいないパドック。
パドック周辺のあちこちに残る蹄のあと。私の足(26.0cm)と比較しても遥かに大きい。
パドックの裏手、厩舎が建ち並ぶエリアには練習用のソリがたくさん並んでいました。そのうちの一台を用いてガイドさんが説明中。上述のばんえい競馬薀蓄の多くは、このようにツアー中にガイドさんが実物を用いながら説明してくださったものです。
左(上)画像に写っている小さな金属の小箱は騎手重量を調整するためのおもりみたいなもので「弁当箱」と称されているんだそうです。輓馬が負う重さがレースを左右するため、各馬の負荷条件を均すべく、このような細かな重量調整が必要とされるのですね。
なお、このバックヤードツアーはほとんどの場所で撮影が可能という、かなり参加者に優しいツアーなのですが、ツアーがちょうどゴール裏に到達した時間帯に実施される第6レースだけ、撮影が不可能になります。
●競馬場のトロッコ
ゴール裏まで来ました。私がツアーに参加した最大の目的は、このゴール裏にあるトロッコ列車を見学することです。競馬場なのに「鉄道」が敷設されているのであります。
そもそも、なぜ競馬場にトロッコが必要なのかといえば、ばんえい競馬の橇はレースの条件に応じて違うものの1台につき500km~1tもの重さがあり、これを全てレース毎に直線コースのスタートまで戻さねばならないため、効率よく運搬するためにトロッコが利用されているのです。約200mの直線の線路上を一台の機関車が橇運搬用の「無蓋貨車」を引っ張りながらレースごとに往復しています。現在ばんえい競馬は帯広のみとなってしまいましたが、かつて開催していた岩見沢や旭川でも同様にトロッコが活躍していました。
国鉄のディーゼル機関車を彷彿とさせるセンターキャブの機関車。ここでは「気動車」と呼んでいるそうでして、地元帯広の自動車修理工場で製造されたディーゼルエンジン駆動の本格派です。各部品には自動車用のものが使われているようでした。
運転席が前ではなく後方を向いているのが不思議な点ですが、これは積んだ橇が走行中に落ちないか安全確認しながら運転するための措置なんだそうでして、前方についてはバックミラーを見ながら確認しているそうです(バックミラーで前を見るなんて、ややこしい…)。また、ラジエーターも進行方向ではなく後ろ側を向いていますが、あくまで邪推ですが、これは万一過走して衝突した場合に冷却系のダメージを回避させるためなのかもしれません。
一方、レールや枕木はかつて夕張の炭鉱で使われていたものを転用しており、北海道の軽便鉄道でよく見られた762mmゲージです(この軌間のナローゲージは三岐鉄道北勢線や近畿日本鉄道内部線などでも現役ですね)。
線路は地面(コース)より掘り下げられた位置に敷設されており、トロッコの貨車の上面が地面と同じレベルになるよう造られています。
これはゴール後の馬がそのままこのトロッコ上を通過し、その際に橇だけ切り離してしまえば、効率よくトロッコ上に載せることができるからです。橇の轍を見れば一目瞭然ですが、馬は橇を引きながら直角に曲がってトロッコ上を通過しているのがわかります。でも貨車上の橇がちょっとはみ出すぎた場合などに行う微調整は人力に頼らざるを得ず、この時も3人ががりで動かしていました。
こちらは格納庫。戦時中につくられた掩体壕みたいですね。
最後に、「気動車」がエグゾーストノートを響かせながら橇を載せたトロッコをけん引する姿を動画でご覧くださいませ。風切音が入ってしまい恐縮です。運転するおじさんのハニカミが素敵ですね。
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