前回記事の続きです。
●広州東駅から香港直通列車に乗車
天河バスターミナルから地下鉄で広州東駅へとやってまいりました。地下鉄構内と地上駅とを結ぶ地下街は、けっこう綺麗で案内表示もちゃんとしており、おしゃれな店も軒を連ねています。中国のオシャレ度が近年劇的に向上していることを実感します。
地下街から地上へ上がると、駅構内にはマックやファミマなどおなじみの店舗が並んでいました。ファミマでは入店時に「歓迎光臨」(いらっしゃいませ)、レジでの支払い時に「謝謝」(ありがとうございました)という接客挨拶が交わされたことに驚きました。日本で「いらっしゃいませ」や「ありがとうございました」を言わない商売なんて考えられませんし、もちろん香港や台湾でもこれらの表現をしない店はすぐに淘汰されちゃいますが、無愛想な接客が当たり前な中国大陸において、まさか日用品を扱う商品単価の安い店舗でこの言葉と接するとは予想だにせず、おもわず「え?」と聞き返しちゃいました。
駅構内には中国の代表的ファストフードチェーンである「真功夫」がありましたので、ここでランチをとることに。中国の街を歩いていると必ず見かけるこのお店は、黄色いトラックスーツを着たブルース・リーみたいな男性のキャラが目印ですが、店舗運営サイド曰くこの男性はブルース・リーではないんだとか。
「真功夫」は中華料理のファストフード店で、安いことはもちろん、めちゃくちゃ早いスピードで提供されるのも、この店の売りのひとつ。実際に私が「香汁排骨セット(32元=約600円)」をカウンターで注文したところ、何とお釣りが手渡されるのとほぼ同じタイミングでセット一式が目の前に用意されました。いくらなんでも早すぎるため、はじめのうちは別の人のものかと勘違いしちゃったほどです。もちろんすべての料理が作り置かれており、レジでオーダーが入力されると、キッチンのスタッフが即座に一式を用意するわけです。肝心の味ですが、排骨(スペアリブ)の煮込みはぬるい上に本当に骨だらけで肉は少なく、副菜の白菜炒めもぬるくてシナシナ(へなへな)。ご飯も冷めかけでボソボソ。唯一スープだけはしっかり熱かったのですが、具が不自然に固まっており、やや食べにくい感じ。でも全体的な味付けはまぁまぁで、可もなく不可もなしといったところ。早くて安くて味もそこそこだからか、店内は繁盛していました。
とっても広い広州東駅。私はここから香港行きの直通列車に乗車します。中国の鉄道駅ではどこでも必ず構内へ入る際に手荷物検査を受けますので、列に並んで検査を受け、入場したら「広九直通車」の案内表示に従い、まずはエスカレーターで2階へ上がります。
2階にある「広九直通車售票処」が香港直通列車専用のチケット窓口。窓口で対応するのは中国国鉄の職員なので、英語は通じるけど無愛想。支払いは人民元か香港ドルの現金のみ。香港発のチケットは香港MTRの専用サイトから会員登録した上で予約が可能らしいのですが、広州発はどうなのかな?
広州と香港の直通列車は、需要が多いにもかかわらず本数が多くないので(1日12~3往復程度)、日や時間帯によっては満席になることもしばしば。このため、実を申せば私はこの前日、従化温泉へ向かう前にこの広州東駅へ立ち寄り、念のために前売りチケットを購入しておいたのでした。私が購入した日は土曜日で、香港行きの需要が膨大だったらしく、窓口の仏頂面のお姉さんに”Today, No Ticket!”と言われて天を仰ぐ欧州系の人の姿も見られましたが、この人はその後どうしたんだろう?
とはいえ、別にこの直通列車に乗らなくても、地下鉄で広州市内のターミナル駅(広州東や広州南など)へ行き、そこから高頻度で運転される高速鉄道に乗って深圳(深圳駅や深圳北駅など)まで行っちゃって、深圳の地下鉄で羅湖か福田口岸のボーダー(香港との境界)まで乗り継いじゃえば、もう香港へたどり着けたも同然。乗り換えの手間はかかりますが、春節や国慶節などの大混雑シーズンじゃなければ、このルートで確実に鉄道で広州~香港間を移動できるはずです。でも、そのあたりの事情がわからなかったり、漢字が読めない人には、そうした柔軟な対応は難しいでしょうね。ホスピタリティーの概念がない中国国鉄の職員にそうした説明を期待するのはお門違いですし…。
チケット売り場前から伸びる長いエスカレーターで上層階へ上がり、右手へ折れると待合ホールです。香港は中国に返還されているとはいえ一国二制度であり、国境を越えるのと同じ感覚でボーダーを越えなければなりませんから、乗車に際しては国際列車と同じ手続きを踏みます(ただし大陸も香港も中国国内ですから、「国際」とは称さず「城際」と称しています)。出発時刻の45分前から手荷物検査およびパスポートコントロールが開始されますので、それまでにこの待合ホールへ集まっておく必要があります(出発時刻10分前にはゲートがクローズされちゃいます)。
上画像は手荷物検査やパスポートコントロールを通過した後の待合ホールです。免税店やカフェなどいくつかの店舗もあり、それなりに時間は潰せますが、カフェの値段設定がアホみたいに高くて軽く腹が立ちました。余談ですが、このホールにいる客は、パスポート上では既に中国から出国していますが、まだ香港の入境手続を受けていませんので、国際的にはどこの国(地域)にも入っていない宙ぶらりんな状態にいます。
私が乗るのは15:38発のZ825「九広通」列車。私を含むZ825列車の乗客はこのホールで、乗車が開始されるのを待っていたわけですが、出発時刻が近づいてもホームへ下りる階段のゲートが開く気配が見られず、駅員に聞いても「まだ」とつっけんどんに突き返されるだけ。やがて出発時刻が過ぎてしまい、その20~30分後には待合ホール内がロープで二つに分けられ、我々は待合ホールに取り残されたまま、後発列車の乗客が先にホームへ誘導され乗車しはじめました。なぜ前後の順番が逆転するんだ? 一体何が起きているんだ!? 俺たちは香港に行けるのか?
後で事情が判明したのですが、広州~香港の直通列車は、中国国鉄と香港MTRがお互いに車両を用意しあう相互乗り入れスタイルで運行されています。私が乗るべきZ825列車は「九広通」”Ktt”という名称が付けられている香港MTR所属の車両で、ごく一般的な客車である中国国鉄の車両よりも綺麗で豪華、しかも2階建てという特殊な構造の車両なのですが、1編成しかない虎の子であり、万一の事態が発生すると他の車両で代替が利かなくなってしまうのです。今回はその1編成しかない虎の子が1時間ほど遅延して広州に到着したため、折り返しの準備が間に合わず、既に車両の準備ができていた中国国鉄の車両で運行される後発列車の乗車が先行されたわけです。
出発予定時刻の45分後に、遅れていた列車の準備がようやく整ったらしく、ゲートが開いてホームへの入場が許され、乗車が開始されました。整列嫌いな大陸人だけでなく、英国仕込みのマナーを守る香港人や他国からの客もいますので、ここでは皆さんちゃんと列をつくって順番にゲートを通過していました。
香港MTR所属の「九広通」”Ktt”は、オール2階建でステンレス製。ホームに入線している香港行列車の行先表示には「紅磡(ホンハム)」と記されていますが、紅磡とは九龍半島の先っちょにある香港側の終着駅です(香港をご存知の方なら言うまでもないほど有名な駅ですよね)。座席クラスは1等車と特等車の2クラス制。今回はちょっと奮発して特等車を利用してみることにしました。ちなみに特等車の料金は230香港ドル(※)で、中国の交通機関にしてはかなり高い金額設定です。特等車である4号車のドア前では、アテンダントがチケットを確認していました。アテンダントは香港人ですから、表情が柔和で接客もちゃんとしており、安心できます。
(※)私が乗車した2015年5月時点の料金です。本年(2015年)7月15日より値上げされ、現在の特等車は250香港ドル(約3,900円)、一等車は210香港ドル(約3,200円)となっています。
私が指定された座席は見晴らしの良い2階席。座席配置は2+1列で、短足の私はスペースを思いっきりもて遊ばしちゃうほど、シート幅やシートピッチにゆとりがあります。ただ、窓の間隔と座席のシートピッチが合っていないため、席によっては窓のピラーの前に当たって、車窓が見にくい箇所もありました。また座席の向きは固定されているため、指定された席によっては進行方向と逆を向き続けなければなりません。さらには、本来は車内でWifiサービスが実施されているはずなのですが、この時はサービスが停止されていました。
ちなみにこの車両は日本の近畿車輛製です。大阪・徳庵の地で生産された”Made in JAPAN”の車両なのであります。
各座席には大きなテーブルが用意されており、出発時にはアテンダントによっておしぼり・水・クラッカー(ボソボソで不味い)が配られます。デザインが洗練されているワトソンのボトルドウォーターを目にすると、いよいよダサい大陸からまともな香港へ移るんだという実感が湧いてきます。
この日の特等車は拍子抜けするほどガラガラ。これだったら前売りチケットを買う必要はなかったかも。でもこの前日はすべての列車が満席だったわけですから、日によって混雑の度合いが全然違うんですね。当初指定されていた席は窓のピラーが邪魔で車窓を眺めにくかったので、出発後に空いている席へ勝手に移動しちゃいました。
シートポケットには車内誌や車内サービスメニューなど、小冊子の類がいくつも入っていました。車内誌では大阪と京都の桜についての特集が組まれていました。
中華圏の文化は光沢を好みますから、デッキ部分などを中心に、車内はとにかくギッラギラのピッカピカ。所要時間約2時間の長距離列車ですから、車内にはちゃんとトイレも完備されています。
●広州東を出発
定刻より約50分遅れて広州東駅を出発。
途中幾筋もの川を越えたのですが、国内ニュースで取り上げられるほど連日の豪雨の影響を受け、どの川も川幅いっぱいに泥水が奔流していました。場所によっては完全に浸水している畑があるほど。
広州~香港の直通列車は、国際列車とほぼ同様の特殊な扱いを受ける列車であるため、途中停車駅は東莞のみ。東莞駅ホームの電光掲示には46分遅れであることが表示されていました。
香港広州間は中国でも屈指の経済活動が活発なエリアであり、人の移動も膨大です。そんな膨大な輸送需要に対応すべく、広州香港直通列車が走る線路と中国国鉄の高速鉄道(広深港高速鉄道)は複々線になっており、途中で何回か高速鉄道「和諧号」と並走するシーンが見られました。「和諧号」の方が断然速いのですが、お互いマックススピードで抜きつ抜かれつを繰り返しており、いずれにも多くの旅客が乗っているのですから、中国のダイナミズムを実感せずにはいられません。
車窓から田園風景が消え、その代わりに集合住宅が増えて、ビルが林立しはじめると…
大都会の深圳駅に停車です。停車といってもこの駅で旅客の乗降はできません。乗務員交代やダイヤ調整など諸々の事情があるらしく、ここでは15分ほど停車しました。
隣のホームに停まっている列車は、四川省の成都東駅行き長距離列車。私が眺めていると、ちょうど乗車が開始されたらしく、硬臥(庶民向けの2等寝台)と思しき車内へ続々と乗客が入り込んできました。果たしてここから何時間かかることやら。長旅、お疲れ様です。
深圳での15分間の停車後、列車は少しずつのっそりと動き始め、低速で大陸と香港のボーダーとなっている川を越えました。
ようやく香港です。喧騒と競争と利己主義とカオスで満ち溢れている大陸側とオサラバ。全身全霊がものすごい安心感で包まれました。
香港側では数分おきの高頻度運行が行われているMTR東鉄線(旧KCR)の先行電車をひたすら追いかけるだけなので、超ノロノロ運転です。東京で例えるならば、山手線や京浜東北線のダイヤの間に、長距離特急を割り込ませるような感じかな。でも先行列車を追い抜くためなのか、なぜか私が乗っている直通列車は、途中で東鉄線の火炭駅ではなく、支線の馬場駅を経由しました。とにかく鈍足な列車から香港郊外の街並みを眺めます。
●香港到着後、旅最後の食事を
定刻より1時間以上も遅れた18:42にようやく香港九龍の紅磡(ホンハム)駅に到着しました。ホームからエスカレーターで上層階へ上がり、そこで入境審査(いわゆるイミグレ)を受けます。
紅磡駅の構内には手荷物預かりがありますので(上画像で「行李寄存」と表示されているカウンター)、ここに大きな荷物を預け、帰国する飛行機が出発するまで、香港を簡単に散策です。私は香港へ何度も来ていますから、地図などは見ず、記憶に任せて適当にお散歩します。
科学的見地で捉えれば香港の空気はかなり汚染されていますけど、社会的な雰囲気で見れば、大陸とは空気が全く違い、先進地域らしい安寧と秩序と清らかさが感じられます。やっぱり自由経済圏の方が良いですね。持参していたオクトパスカード(東京のSuicaみたいなもの)が使えなくなっていたので、駅の窓口で機能復活の手続きをしてもらったのですが、英語はちゃんと通じるし、お客さんと向き合って説明してくれるし、お金を払えば「ありがとう」と笑顔で挨拶をしてくれる。そんな当たり前なことが、大陸という無愛想でカオスの地から渡ってきた私にとっては、この上なく有難いもてなしに感じられました。
駅前では法輪功の排斥を香港政府に訴えかけるデモが行われていました。おそらく大陸寄りの人間によるものでしょう。デモができるのは自由な社会があってこそ。尤も私は法輪功を支持するつもりは全くありませんが、大陸寄りの声が大きくなるような状況にはなってほしくありません。香港には香港のままでいて欲しく、共産党の唯々諾々になって欲しくはありません。それゆえ昨年(2014年)の雨傘運動の挫折はとても無念でした。たしかに紅磡駅を降りた私は、先進地域らしい自由で開放な空気を感じて嬉しくなりました。しかし、台湾はまだ大陸と一定の距離を取り続けられるかと思いますが、香港はやがて大陸に呑み込まれてゆく運命なのかと思うと、素直にその開放感を楽しんで良いのか、複雑な気分に苛まれます。
紅磡駅からブラブラ歩いて彌敦道(ネイザンロード)へ出て、私のお気に入りのお店でこの旅最後の食事を楽しみます。あまりにベタな店ゆえ、お恥ずかしいのでどの店かは詳らかにしませんが、ここのエビチャーハンが私の大好物なのです。これを食べるためにわざわざ香港へ立ち寄ったといっても過言ではないほどです。
食後は適当に買い物をしながら、尖沙咀で夜景をボンヤリ眺めます。相変わらずここはものすごい数の観光客で溢れかえっていますが、私は岸壁からちょっと離れたところで、この景色を楽しみました。いかにも香港らしいこの夜景は、目の前で汚く澱むビクトリアハーバーから漂う、いかにも水質の悪そうな潮の臭さを嗅いでこそ価値があるのだと、私は香港へ来る度、その信念を強くしています。スターフェリーに乗って、あの潮の悪臭に包まれないと、なんだか香港に来た気分になれません。
●香港エクスプレス(LCC)の羽田行で帰国
一旦紅磡駅へ戻り、預けていた大きな荷物を返してもらってから、MTRと機場快線を乗り継いで空港第2ターミナルへ。この第2ターミナルは主にLCCなどが使っているのですが、日本のLCCターミナルが鼻糞に思えるほど、とっても広くて立派です。
今回はLCC「香港エクスプレス」で帰国します。LCCなのに羽田へ行ってくれる便利な便です。真夜中に出発して、羽田へ早朝に着くという、いかにも安い便にありがちな時間帯なのですが、羽田ならそのまま都内(渋谷区)の会社へ出勤できるので、むしろ私にとっては願ったり叶ったり。チェックインカウンターでは、キザで尖ったオシャレを好む香港の若者たちが、日本旅行へ向かうべく、大挙をなして列に並んでいました。旅行先に我が国を選んでくれたことに対し、一国民として心より感謝歓迎申し上げます。
さすが国際都市香港。23時を跨いでも、空港内は大賑わい。
LCCゆえか、ボーディングブリッジは使わせてもらえず、バスで離れ小島の搭乗口まで連れて行かれました。501番という搭乗口番号が、いかにターミナルの端っこにあるかを示していますね。ざっと見た感じで搭乗率は7~8割といったところ。LCCですがシートピッチはレガシーキャリアのエコノミーとほぼ変わらず、乗り心地に特に不満はありませんでした。
翌朝、無事に羽田へ到着。到着後に気付いたのですが、機材は「香港エクスプレス」ではなく、グループ会社の「香港航空」のものでした(塗装は親会社の「海南空港」とほとんど同じ)。実はチェックイン時に予約していた座席が変更され、出発が30分遅れ、しかもギリギリまで搭乗口が決まらなかったのですが、もしかしたら機材のやり繰りに何らかの問題が発生し、代替のきくグループ会社の機材を使ったのかもしれませんね。
さて、次回からは拙ブログの本来の趣旨である、日本国内の温泉のネタに戻ります。
長い間、温泉とは無関係の旅行記にお付き合いくださり、誠にありがとうございました。
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