乳頭温泉の中では最も地味な存在ではないかと(個人的に)思われる孫六温泉。たとえ鶴の湯があるいは黒湯が、秘湯とはかけ離れた混雑を呈していようとも、こちらは大抵の場合、たとえ休日であろうとも数人が静かに湯浴みしているばかり。乳頭温泉郷の秘湯らしからぬ人ゴミからエスケープしたいとき、私はついついこちらを選んでしまいます。晩秋の傾きかけた陽の光がとっても似合う、東北の湯治宿らしいフォトジェニックな風情が何とも言えません。
茅葺き屋根の鄙びた建物がとってもいい雰囲気ですね。何度訪れても心に沁みます。確かに鶴の湯も黒湯も蟹場も妙乃湯も素晴らしいのですが、日本人の精神に予め組み込まれている判官贔屓的な我が思考回路は、どうしてもこの孫六を支持したくなってしまいます。
建物前の斜面ではお湯が勝手に湧出しており、そんな光景を目にするだけで温泉ファンの心は満たされてしまいます。
御存知の通り、孫六にはいくつかのお風呂が敷地内に点在していますので、それぞれをひとつずつ取り上げていきましょう。尤も、皆様よくご存知の温泉かと思いますので、私があれこれ述べたところで蛇足になるばかりですから、今回は簡素な文章に留めておきます。
●唐子の湯
まずは母屋に一番近い「唐子の湯」から。古い共同浴場のような外観の湯屋ですね。
浴槽・床とも打ちっぱなしのモルタル造。昔ながらの湯屋らしく室内にはカランなんてありません。浴槽は3~4人サイズで、仕切りの向こうの女湯と一体になっており、底には木の板が敷かれています。湯船のお湯は無色澄明、湯口には枠付の網が被せられていますが、それでも底には茶色あるいは灰色の綿屑のような浮遊物が塊となって沈殿しており、入浴して体を沈めるとそれらが一気に湯中へ舞い上がります。砂消しゴム的な硫化水素臭が仄かに漂い、口に含むと弱いほろ苦味が感じられます。匂い味ともにかなり繊細であり、癖がなく肌に優しく馴染んでくるようなお湯です。湯使いは当然ながら完全掛け流し。
●石の湯
「唐子の湯」の裏手に位置している「石の湯」。脱衣室こそ男女別ですが、浴室は混浴。
脱衣室から浴室へ出る扉を開けたところで男女が合流し、ステップを下りて湯船へと向かいます。浴室に出て初めて気づくのですが、この浴室はお湯を自然湧出させている大きな岩の上に小屋掛けして内湯にしているんですね。その岩の脇に湯船が作られており、半分はコンクリですが残り半分は岩肌をそのまま活用しています。「唐子の湯」同様に底には木の板が敷かれているのですが、その板が浮かぶ上がるのを防止するためなのか、白い漬物石が一緒に沈められていました。お湯は湯船へ注がれる直前で湯の花キャッチャーにより濾し取られており、このためか湯船の中で浮遊物はあまり見られませんでした。こちらのお湯も無色澄明であり、知覚面の特徴である仄かな砂消しゴム的な硫化水素臭や弱いほろ苦味は「唐子の湯」に似たような感じでした。
色に関して無色澄明と申し上げましたが、この「石の湯」は天候により変色することがあり、上画像で写っているような透明の日は翌日に晴れることが多く、青っぽく濁ると翌日は雨が降りやすいんだとか。自然って面白いですね。
湯小屋から屋外へ出るとすぐにこの露天風呂が入浴客を待ち構えています。露天風呂には女性専用もあるそうですが、石の湯の湯小屋から屋外へ出て利用するものは内湯同様に混浴です。混浴の露天は小屋前にひとつ、そして川岸にひとつの計2ヶ所あり、上画像は小屋前の露天風呂です。適温でとっても気持ち良いお風呂です。
一方こちらは川岸側の露天風呂です。渓流と山を一望する絶好のロケーションですね。でもお湯は小屋前の露天から流れてくるものを受けているため、下流にあたる川岸の露天の湯船はかなりぬるめでした。しかもこの川岸側には晩秋になると落ち葉が大量に入り込んでしまうため、私が訪問した某日には、湯船に身を沈めると、まるでカップの中で破けたティーバッグのように、湯船の中は腐食して茶葉のように粉々になった落ち葉が撹拌されてしまいました。
川岸側露天風呂の並びには打たせ湯専用の小屋もあるのですが、なぜか私が訪れる日には止まっていることが多いようです。この打たせ湯って最近使われている事はあるのでしょうか。
何だかんだとネガティブなことを述べてしまいましたが、それもこの温泉を愛するがゆえです。ぬるめの露天風呂はいつまでもゆっくりと長湯できちゃいますから、頭を空っぽにして時間を忘れるにはもってこい。あぁ、いい湯だ。
唐子の湯
単純温泉 49.9℃ pH7.4 湧出量不明(自然湧出) 蒸発残留物560mg/kg
Na+:102.1mg(59.60mval%), Ca++:52.9mg(35.44mval%),
Cl-:81.1mg(30.41mval%), SO4–:110.2mg(30.41mval%), HCO3-:175.2mg(38.11mval%),
石の湯
単純温泉 46.0℃ pH7.1 湧出量不明(自然湧出) 蒸発残留物550mg/kg
Na+:102.1mg(62.18mval%), Ca++:47.2mg(33.05mval%),
Cl-:72.1mg(28.39mval%), SO4–:110.2mg(32.03mval%), HCO3-:167.2mg(38.22mval%),
秋田新幹線(田沢湖線)・田沢湖駅より羽後交通の路線バス「乳頭蟹場温泉」行きで「乳頭温泉」下車、大釜温泉付近より川沿いの歩道を1km強ほど歩く。駐車場は休暇村から右へ逸れる道に入った突き当り(黒湯温泉駐車場の更に奥)。
秋田県仙北市田沢湖田沢先達沢国有林
0187-46-2224
ホームページ
日帰り入浴 8:00~17:00(冬季9:00~16:00)
500円
備品類なし
私の好み:★★★
コメント
Unknown
孫六温泉の「唐子の湯」「石の湯」いいですね。つげ義春さんの温泉行にあこがれる当方にとっては理想郷です。
Unknown
zataro50さん、こんばんは。
>つげ義春さん
私も温泉好きの端くれとして、氏の温泉巡りの追体験を一度は実践してみたいものです。氏の作風のように、孫六温泉は陰翳が似合うような温泉かもしれませんね(お宿の方には失礼かもしれませんが)。
青かった石の湯
こんにちは。
昨日まで2泊3日で玉川温泉と乳頭温泉郷を湯めぐりしてきました。孫六温泉ももちろん入湯してきました。
石の湯は内湯が青かったんですが、この後本当に雨が降り出して翌日まで断続的に降っていました。よく当たる天気予報湯ですね(笑)。
湯の色が変わる温泉はそう珍しくないですが、天気で変わると謳っているのは初めて見たように思います。
Unknown
あとすいません、蛇足ならアクセスに関して。
本文では乳頭温泉行のバスで終点下車と書かれていますが、現在は終点まで行くと蟹場温泉(バス停名「乳頭蟹場温泉」)まで行ってしまうので少しだけですが行き過ぎになります。
1つ手前の「乳頭温泉」が大釜温泉の最寄りなのでですね。
Unknown
彼方さん、こんにちは。
秋田の湯めぐり、お疲れ様でした。石の湯の色がその後の天気を見事に当てていましたか。単なる偶然ではなく、意外にも何かしらの科学的根拠があったりして(まさか…)。いずれにせよ面白い現象ですね。
アクセスに関する情報、ありがとうございます。後ほど訂正しておきます。以前拙ブログでは公共交通機関を使ったアクセス方法をご紹介していましたが、近年バス路線の廃止が相次ぎ、残っていたとしても運行形態などが頻繁に変わるため、最近では掲載をやめてしまいました。私は鉄道やバスなどを利用し、その土地の雰囲気などを肌で感じながら現地へ行くのが好きなので、本来ならばそのあたりの情報をしっかり載せたいのですが、なかなかそうもいかない現実があり、難しいところです。