地球の表面はいくつものプレートに分かれており、このプレートが少しずつ動いていることは皆さまご存じの通りです。世界の最高峰ヒマラヤ山脈はユーラシアプレートにインド・オーストラリアプレートが沈み込んだことによる造山運動があのような高い山々を生み出したのであり、また、先日の東日本大震災におけるM9.0の東北関東太平洋沖地震は、北米プレートに太平洋プレートが沈み込む際に蓄積していたひずみが地震発生の原因になりました。
4つの大きなプレートが集中する日本は海洋プレートが沈降する場所ですが、アイスランドはその逆でして、島の中央で地中から大西洋中央海嶺が盛り上がり、北米プレートとユーラシアプレートがパックリ二つに分かれてゆく、地球の裂け目が現れている場所であります。この地球の裂け目の代表例が世界遺産にもなっているシングヴェトリル国立公園ですが、北アイスランドの観光名所集中地域であるミーヴァトン湖周辺にも地球の裂け目を幾筋か見ることができ、その中の一つが今回取り上げるグリョゥタギャウ(Grjótagjá)です。ここには、単に裂け目があるだけでなく、神秘的で素敵な温泉が存在しているらしく、どんなところか自分の目で確かめるため、行ってみることにしました。
ミーヴァトン湖畔の観光拠点の街レイキャフリーズ(Reykjahlíð)から環状道路1号線を東進し、約2kmで右折して未舗装路の860号線に入ります。辺りは地熱の噴気地帯なので、車窓にはところどころで白い蒸気が上がる様子が望めます。道なりに走って2km程進むと、やがて駐車スペースが確保された広場に到着。道の右側には岩の長い壁がずっと向こうへ続いています。まずはここに車をとめてこの岩の上に登ってみましょう。なおここへは車で無くとも、レイキャフリーズから平坦な遊歩道を約2km歩いても辿りつけます。
上に登ると、岩がパックリと二つに裂けており、その裂け目が延々と続いています。これこそ地球の裂け目なんですね。地中深くから盛り上がったマグマのパワーがここで二手に分かれ、それぞれ北米プレートとユーラシアプレートとなって少しずつ移動してゆくわけです。ここに立つと地球の神秘に立ち会えたような気がします。
常日頃から自己嫌悪に陥っている私は、いつもは自画撮りが大嫌いなのですが、この時は思わず興奮してしまい、地球の裂け目に跨って記念撮影してしまいました。三脚を立てて構図に迷っている私を見かね、ご親切にカメラのシャッターを切ってくださったイタリア人のおばさま、ありがとうございました。なお、これら写真で私は北を向いており、左足(画像右側)は北米プレートに、右足(画像左側)はユーラシアプレートに、それぞれ立っていることになります。
ちなみに、ここで分かれた北米プレートとユーラシアプレートは一体どこで邂逅するのでしょうか。その場所こそ我が日本列島なのであります! 糸魚川静岡構造線で有名なフォッサマグナが両者の境界に当たるんだそうです(糸静線はその西側の縁)。つまりグリョゥタギャウは遠い日本と決して無縁ではないのです。
さて、ここでの目的は裂け目を見学することだけではありません。駐車スペースの真ん前に位置する岩の下にはこんな穴が口を開けています。ちょっと中に入ってみましょう。なお傍に立てられている札には落石危険の注意喚起が書かれています。たしかに岩が今にも崩れてきそうな状況ですから、ここから先の行動は自己責任で。
岩の口の下には洞窟が広がっており、そこにはコバルトブルーの水が湛えられています。とっても神秘的な雰囲気です。この洞窟内はけっこう蒸し暑く、なぜそのような状況なのかといえば、このコバルトブルーの水に原因がありました。
洞窟内のコバルトブルーの水はなんと温泉なのであります。湯温を計測すると45.3℃。入浴できないこともないのですが、ちょっと熱いですね。洞窟内のお湯をじっと観察していると、どうやら北から南へゆっくり流れているようです。もし源泉が北にあり、そこから単純に流下しているのであれば、下流の方が温度が下がっているはず。そこで、この穴での入浴は諦め、別の場所を探してみることにしました。
駐車スペースから数十メートル南へ移動すると、別の洞窟の穴が開いていました。先ほどの穴は見学する観光客の姿が多いのですが、わずか数十メートル離れただけなのに、こちらの穴には誰も訪れようとしません。ではさっそく中へ。
この洞窟内にもコバルトブルーの綺麗なお湯が溜まっていました。明らかに先ほどの洞窟から流れてきているようです。外の光が入ってくるので洞窟といえどもあまり暗くなく、しかも広い空間が広がり、絶妙な岩の配列により、湯面下が段々になっていて、少しずつ安全にお湯に入りやすい構造になっていました。まさに自然の妙であります。
温度は43.5℃でした。予想通り、先ほどの穴よりは温度は下がって、日本人には入浴しやすいコンディションとなっています。ついでにpHも計測したら7.8でした。アルカリ泉の多いアイスランドにしては珍しく中性です。この穴にはあまり観光客が来ないので、人目を気にせず行動できるのも嬉しいところ。良い湯加減であることが確認できたので、水着に着替えて入浴してみることに。
最高! その一言に尽きます。日本にも洞窟風呂と称するものはありますが、そのほとんどは人工か、あるいは崖の下を無理やり洞窟に見立てている代物が殆どです。でも、ここは正真正銘の洞窟、しかも地球の裂け目でもあるのです。こんな温泉は他にありますでしょうか。
お湯はやや暗い感じの神秘的な青色透明で、肉眼ではそれほどでもありませんが、ご覧頂いているように画像に写すと外の光の影響で綺麗なコバルトブルーに発色します。芒硝的な匂いとともに、何かが焦げたような香ばしい匂いが漂い、味はほぼ無味。上述のように中性のお湯で、浴感にはあまり特徴はありません(ツルスベでも引っかかるわけでもない)。私がお湯に入ると湯面は小さく波立つのですが、それが岩の隙間に入ると、波と岩がぶつかって独特の音が洞窟内に反響し続けます。色、雰囲気、音、そして地理的特徴、その全てがこの上なく幻想的である、素晴らしい温泉です。
地図 GPSコード:N65°37.586, W16°52.949
無料 野湯につき何らの備品もありません
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