たった4分の船旅 若戸渡船

福岡県

渡し船はかつては日本中に存在していましたが、今ではほとんどが姿を消し、特に私が生活する東京圏では観光用途(矢切の渡し)を除けば壊滅状態です。しかし西日本の方ではまだ現役で市民生活を支えているところが残っており(大阪はその典型)、渡し船が行き来する水辺の景色が、生活色の強い独特の情景をつくりだしています。ちょっと懐かしい庶民生活の一面が垣間見える絶好の交通機関でもあり、私はこうした風情をたっぷりと味わえる渡し船が大好きです。

北九州市では市の事業として渡船事業を行っていますが、その中でも若松から戸畑を結ぶ若戸航路は両方の船着き場が鉄道の駅から近く、しかも運航本数も比較的多くて利用しやすい上、洞海湾という近代日本の産業を支えた海を横断する航路ゆえにレトロな風情も色濃く残っており、短時間で手軽に「船旅」を楽しむにはもってこい。所用で福岡へ赴いた某日、あいた時間を活用して北九州へと向かい、わずか4分の短い船旅を楽しんできました。


まず博多から鹿児島泉の快速に乗って折尾で下車。

 
日本最初の立体交差駅である折尾。歴史の風格漂う煉瓦の通路を通って筑豊本線のホームへ。

 
 
これから乗る若松行はキハ47の2両編成。反対側のホームには福北ゆたか線の電車が停車中。

 
折尾駅1番ホームには国鉄時代から駅構内福祉理髪所がありましたが、残念ながら閉店してしまったようです。

 
若松行の列車はガラガラ。のんびりと洞海湾に沿って走る。JR九州の気動車には「ガムは包んで捨てようね」という古いステッカーが窓に貼られていることが多いのですが、そこに描かれているいかにも悪童そうなガキンチョのイラストがいい味出しているんです。国鉄時代のものかしら。

 
若松駅。今となっては無駄に広い駅の構内が、筑豊線の歴史を物語っています。往時は溢れんばかりのお客さんが利用したのでしょう。筑豊地区をはじめとする北部九州は、近代日本のロマンと陰影とのコントラストが非常にはっきりと現れており、過去の姿をすっかり捨ててしまった東京圏で生活する私としては、この地域を訪れるたびにとても強烈な印象を受けずにはいられません。


若松駅の駅舎外観。

 
駅前にはSLと操車場跡の石碑が。エネルギー革命以前はここから積み出される石炭が日本のエネルギーを支えていたんですね。操車場跡地は公園や集合住宅に変貌しており、ここがかつて物流拠点であったという形跡はほとんど残っていないようです。いや、探せば形跡はあるんでしょうけど…。


さぁ、駅を出たら海岸沿いを歩きます。
この日は散歩日和のいい陽気。海岸は歩道が整備されており、とっても快適に散策できました。前方に架かる橋は若戸大橋。幅の狭い洞海湾は、海というより川のようですね。

 
波止場の跡。弁財天上陸場。礎には「大正十年」と彫られています。


ここから荷物が揚げ下げされていたのでしょう。かつては死の海と呼ばれるほど酷く汚染されており、私も社会科の教科書でその事実を学んだものですが、今見る限り、波止場跡の石段に波を寄せる洞海湾の海水はまずまずの透明度を保っており、ごく普通の内湾らしい磯の香りを漂わせていました。

 
「旧ごんぞう小屋」。当地では、沖の本船で石炭荷役を行う沖仲仕を「ごんぞう」と称したそうです。明治34年頃から昭和40年頃まで、彼らの詰所として使われてきたのがこの小屋(復元)なんだそうです。現在は散策する人々の休憩所として開放されており、内部には石炭積み出しの関する説明プレートが掲示されていました。

 
歴史ある港町らしく、界隈にはレトロな煉瓦の建造物が残っていました。画像左(上)は旧古河鉱業若松ビル、右(下)は旧三菱鉱業若松支店の倉庫。三菱の紋がとても目立っていました。

 
駅からのんびりと15~20分ほど歩いて、渡船の乗り場に到着。薄暗くて地味な待合所。装飾性の無いところは、観光目的ではなく市民の日常の交通機関であるというこの渡船の性格の顕れなのでしょう。

 
券売機で乗船券を購入。わずか100円。


対岸の戸畑側に建つ日本水産の建物も相当古そうです。私が乗船場へ到達したとき、渡し船はまだ戸畑側にいましたが、しばらくすると船は戸畑を離れ、数分ですぐに此岸へやってきました。

 
一列に並んで乗船を待ちます。
船の戸が開き、戸畑からのお客さんの下車が済むと、乗船客はあっという間に船内へ吸い込まれていきました。自転車利用のお客さんの姿もちらほら。


船上から若戸大橋を見上げます。
気持ち良いなぁ。


次に船尾から湾の奥の方を眺めてみます。この海が近代日本の産業を明治の黎明期から支え続けてきたんだと思うと、感慨もひとしおです。


操舵室を背後から写してみました。一日に何回も同じところを往復して、飽きちゃったりしないのかしら。

 
10:33若松を出発。デッキに立って、潮風に吹かれながら洞海湾の湾口側を臨みます。重厚長大産業の礎を築いてきた歴史ある海は、この日も船舶が輻輳していました。


船は若戸大橋の真下を進んでいきます。内海である上に良い陽気なので、海面はベタ凪。ほとんど揺れません。船はあっという間に戸畑へと近づきました。数分前に出港したばかり若松側を眺めてみます。


わずか4分の船旅が終了。戸畑へ到着。

 
戸畑の渡船乗り場も若松同様昭和の香りが漂う渋い佇まい。若松よりもコンパクトにまとまっているように見えました。

 
下船後、戸畑の船着き場に隣接する広場のベンチに座り、洞海湾を臨みながら折尾駅で購入した名物駅弁「かしわめし」をほおばりました。北九州地区の主要駅で購入できる名物駅弁。炊き込みご飯の上に載せられた鶏のそぼろ、錦糸卵、千切り海苔という素朴な味覚が旅情をもり立ててくれました。うまい!
船着き場から戸畑の駅までは直線の通りをまっすぐ歩いて5分ほど。近代日本の歴史の重さが伝わってくる、潮風が気持ち良いミニミニトリップでした。

船着き場の地図 → 若松 ・ 戸畑
若戸航路(北九州市)

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