田沢温泉 ますや旅館 2つの貸切風呂

長野県

 
島崎藤村が逗留した田沢温泉の老舗「ますや旅館」。
明治時代に建築された寄棟の高楼が風情ある石畳の路地へせり出て、白壁の土蔵がそれに連なって織りなす光景は、実にフォトジェニックで趣があり、近年では建物の文化的価値が認められて登録有形文化財に指定され、当地を訪れる多くの人を魅了しています。門被りの松をくぐって玄関へ。

 
玄関脇に掲げられている「電話1番」が誇らしげです。お宿の公式サイトのURLも http://www.masuya-1ban.com/ と1番であることを強調しているんですね。

 
渋さと重厚感を兼ね持つ帳場や応接間の周りは、お宿の歴史と格式を表しているようでもあり、壁にかかる「鉄道省御指定旅館」の金文字看板がその重みに箔を付けていました。

 
こちらのお宿は1998年に公開された映画「卓球温泉」の舞台にもなったのですね。

 
私が訪れたのはとある平日の夕暮れ時。
こちらのお宿には露天風呂が付帯している大浴場と、昔からの旧浴場を転用した貸切風呂の2種類があり、通常の日帰り入浴では大浴場に案内され、貸切風呂(旧浴室)は宿泊客優先となっているはずですが、今回日帰り入浴をお願いしますと、対応してくださったお爺さん曰く、今は大浴場は使えないけれども貸切風呂なら大丈夫とのことですので、日帰りで貸切風呂を使えるとは思わず、喜んで貸切風呂を利用させていただくことにしました。
貸切風呂は応接間の奥にある引き戸を開けて階段を下っていった先です。


貸切風呂は大小が一室ずつあり、そもそもは男湯と女湯に使い分けられていたものと思われます。

 
使用時は扉にかかっている札を裏返しにして「入浴中です」と記された面を出しておきます。

 
2つある浴室のうち大きな方は使用中でしたので、今回は小さな方(おそらく旧女湯)を利用しました。脱衣室はかなりコンパクトで、設備としては棚があるばかりですが、小さいながらも室内には凝った意匠が施されており、姿見の下の壁には雷文のタイルが貼られていました。また姿見に記されている商店名の上下には3桁の電話番号や、今のようにプラスチックが出回る前の耐久素材であった「元祖百年漆器」という商品名が明示されており、この建物が経てきた長い年月を物語っているようでした。

 
2方向に窓が設けられている浴室は、日暮れが迫っている時間帯だというのに、窓から十分な採光が得られ、その明るさゆえ室内面積の狭さをあまり感じることはありませんでした。窓の外には隣家の軒越しに浅間山方向の山々が眺望でき・・・たのかな? でも山の稜線は画像でもはっきりと見えますね。

 
古い浴室をこまめに手入れして使い続けているようでして、洗い場の水栓は老朽劣化して開きませんでしたが、床や壁などのタイルは張り替えられているようであり、汚れが全く目立たずきれいな状態が維持されていました。なお備え付けのシャンプー類はバスケットにまとめられていました。

 
浴槽は優しい曲線を描くタイル貼りの2人サイズです。縁は緩やかなかまぼこ状に膨らんでいるのですが、このスタイルは昔のお風呂によく見られますね。溶岩のような岩からパイプが突き出てお湯を吐出しており、私が湯船に入りますと、お湯が勢い良く音を響かせながら豪快に溢れ出ました。お湯は無色透明ですが、僅かに白く靄が掛かっているようにも見えます。湯口からは茹で卵の卵黄のような匂いがふんわり香り、お湯を口にすると卵黄の味と芒硝味が感じられました。ツルツルスベスベのとても心地よい肌触りです。

湯口のお湯は熱くなったりぬるくなったりと温度が何度も上下していましたので、加温用ボイラーがON/OFFを繰り返し、それによって湯加減を調整しているのかもしれませんが、決して湯船が熱くなることはなく、寧ろ加温は程々に抑えられており、おかげで時間を忘れてじっくり長湯してしまい、優しく体を包み込んでくれる柔らかなフィーリングも相俟って、すっかり湯船に浸かりながらまどろんでしまいました。掛け値なしに素晴らしいお湯です。

 
湯船で夢の国に誘われるのを懸命に堪えながらお風呂を上がると、先ほど使用中だったお隣の大きな浴室(旧男湯)が空いていたので、ちょっと見学させていただくことに。
こちらの脱衣室は一回り、いや二回りも広いばかりか、窓や洗面台まで設けられており、使い勝手は断然こちらの方が優れています。かつては何においても男性優位な社会でしたから、お風呂の構造にもこうした差が生まれるんですね。私個人としてはかつての歴史文化を後世に伝える意味でも、是非こうした昔ながらの建造物を残していただきたいと願っています。なお洗面台にはドライヤーも用意されていました。

 
浴室の造りや配色は旧女湯と似ていますが、室内面積や浴槽の容量など、全てにおいて1.5~2倍近い差があり、こちらの浴槽では3人同時に入れそうなキャパを有していました。でも溶岩のような湯口からお湯が注がれ、緩やかなかまぼこ状の縁の上を越えて床へオーバーフローしてゆくのは同じです。

貸切風呂は大浴場よりも古く実用的で風情に欠けるかもしれませんが、細かく観察すれば至るところにノスタルジックな面影が残されていますから、その一つ一つを見つめながらお風呂に入れば、昔日の湯浴みを追体験できること請け合いです。しかも槽の容量がコンパクトなので、槽に対する源泉投入率は大浴場よりも優れており、それゆえお湯の良さが損なわれることも少ないはず。田沢温泉のお湯をじっくり味わうには、こうした小さなお風呂の方を選択するのも良いかもしれませんね。

田沢温泉2号と3号の混合泉
単純硫黄温泉 39.5℃ pH9.6 湧出量不明 成分総計213.6mg/kg
Na+:49.5mg(79.34mval%), Ca++11.0mg(20.30mval%),
Cl-:38.6mg(39.78mval%), HS-:2.9mg, SO4–:27.9mg(21.17mval%), HCO3-9.2mg, CO3–:21.9mg(26.64mval%),
H2SiO3:49.5mg,
(平成17年)
加水循環消毒なし・11月~5月は加温あり(その他の時期は加温なし)

長野県小県郡青木村田沢2686
ホームページ

日帰り入浴10:00~20:00
500円
シャンプー類・ドライヤーあり

私の好み:★★★

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