福建・広東の旅 その8 従化温泉への道程

中国

前回記事で取り上げた「五華熱鉱泥温泉」で泥湯を楽しんだ晩のこと。私が中国大陸に上陸した日から降り続けている雨が、未明に俄然勢力を強め、ログハウスの屋根を激しく打つ雨音で目が覚めてしまうほどの酷い状態となったのですが、不安になって電気を点けようとしても電化製品はうんともすんとも言わず、ドアを開けて周囲を見回したら、あたりは豪雨の中で完全なる闇に包まれていました。どうやら停電になっちゃったみたい。停電は朝食直前まで続き、復旧した時には心底ホッとしたのですが、しかし復旧したばかりのテレビに映るニュースでは、連日の豪雨によって深圳など広東省南部の道路で冠水が起き、一部では洪水状態になっていることが報じられていたため、私がこれから向かうルートがもし土砂崩れや洪水などによって行く手を塞がれたらどうしよう、という新たな不安が眼前に立ちはだかりました。
この日は広東省の中心都市である広州を経由し、その郊外の従化市にある従化温泉まで行く計画なのですが、果たして無事にたどり着くことができるのでしょうか。

 
ホテルでチェックアウトを済ませつつ、フロントのお姉さんと筆談をしていると「この雨の中、どうやってバス停まで行くの? ホテルのスタッフに頼めば、バイクでバス停まで乗せていってくれるみたいだけど、その代わり20元かかるよ」とのことでしたので、ここは下手に強情を張らず素直に20元をスタッフに支払って、バイクに乗せてもらうことにしました。そういえば前日のおばちゃんも20元でしたので、どうやらこの金額がこの界隈の相場のようです。
外は相変わらず篠突く雨で白く煙っています。フロントで待っていると、男性スタッフが奥の方からバイクを出してきたので、タンデム用のレインコートを羽織っていざ出発。温泉ホテルから10分強で、昨日お世話になった練渓バス停に到着しました。

 

(時刻表が写っている画像はクリックで拡大)
「長途客運售票点」とは「長距離バスのチケット販売所」という意味です。バス売り場のおばちゃんは私の顔を見ると、待ってましたと言わんばかりに「天河?」(広州の天河バスターミナルで良いの?)と確認してきましたので、「そうです」と答え、この時間帯で一番早い便だった10:10の便の手配をお願いしたところ、おばちゃんは携帯電話でどこかへ連絡し、電話の向こうと簡単なやりとりが行われた後に、私に向かって首を縦に振りながらOKという表情を浮かべ、デスクに置かれた券の束に日付と行き先と記入し、それをもぎって手渡してくれました。ここから広州までの運賃は100元ですが、店内の黒板によれば、朝早い時間帯ですと70~90元で行ける便もあるようです。

広州は広東省の中心都市であり、長距離バスが発着するバスターミナルも複数あるのですが、今から私が乗る長距離バスの行先である天河バスターミナルは、当地のような広東省の東部や福建省方面へ向かう路線の拠点であると同時に、都合が良いことに従化市へ向かう路線も発着しているので、同じターミナル内での乗り換えが可能であり、乗り継ぎで広州市内をウロウロするようなことは避けられそうです。当初の計画ではここから路線バスで近隣の街に出て、そこから鉄道か高速バスに乗り換えて…というように、何度かの乗り継ぎを強いられるものと覚悟していたのですが、まさか、こんな僻地にある温泉最寄りのバス停から希望のバスターミナルまで直行できるとは予想だにしていなかったので、この棚ぼた的な乗り継ぎに巡り会えるとは、神の恵みとしか言いようがありません。前日、ポンコツのバイクタクシーで散々な目に遭い、途中から乗り継いだ路線バスで辺鄙なところで降ろされたからこそ、この便利でありがたい長距離バス乗り場を見つけることができたわけですから、「禍福は糾える縄の如し」とはよく言ったものです。中国の地で中国故事成語の素晴らしさが身に沁みました。

泥湯へバスで行ってみようとお考えの酔狂な方のため、上画像にて練渓バス乗り場に掲示されていた時刻表(2015年5月現在)を載せておきました。時刻表の最上段に記されている広州・天河バスターミナル行の本数が圧倒的に多いのですが、他にも本数こそ少ないものの、深圳市内の宝安や南頭(いずれも1日5本)といった各バスターミナルや、東莞(1日4本)など広東省内の各地へ運行されているようです。

 
バスを待つまでの間、販売所の奥にいたお爺さんがお茶を淹れてくれました。バスのチケットのみならず、店頭ではいろんなものが売られており、この日は大きな瓜やリンゴが最も目立つところに陳列されていましたので、バス車内で食べても良いように、リンゴを2つ買っておきました。
店の奥では見慣れたロゴの段ボールを発見。そこには「午後奶茶」という商品名とリラックマが描かれていました。言わずもがな、キリン「午後の紅茶」の中国版であります(パクリではなく現地生産のもの)。奶茶ということはミルクティーですね。中国ではリラックマが流行っているらしく、中国版「午後ティー」のパッケージにはリラックマが描かれているんですよ。ちなみにリラックマは中国語では「軽松小熊」と表記するんだそうです。


お茶を飲みながらのんびり過ごしていると、定刻9:10ぴったりにバスがやってきました。五華県の中心部である華城始発であり(※)、車内は既に6割近い乗車率でしたが、運良く窓側の席を確保できたので、豪雨の中でも無事に広州までたどり着けることを祈りながら薄汚いシートに腰を下ろし、「慢慢走」(気をつけてね)と言いながら路傍で手を振るおばちゃんに、窓越しに手を振り返してお別れの挨拶をしました。
(※)逆に考えれば、広州の天河バスターミナルから五華(華城)行のバスに乗って、終点手前の練渓で下車すれば、泥温泉までスムーズにたどり着けるはずです。

 
出発して間もなく一般道から離れ、五華インターから高速道路を走行します。左(上)画像はその五華インターの料金所を通過している際に撮ったものです。手前側に写っている緑色のレーンは、軍や警察関係車両用の無料通行レーンです。

 
出発してから約1時間20分後、バスはサービスエリアに入り、構内のGSに停車して給油を始めました。その間に乗客はトイレ休憩です。バスが液体を入れている間に、人間は液体を排泄するんですから、あべこべと言うか何と言うか…。

 
ここは熱水服務区という名前のサービスエリアのようです。丸い中庭を囲んで諸々の施設が並んでおり、「真功夫」など中国ではおなじみのファストフード店も見られます。でもこの時は篠突く雨が降っている最中なので、誰も軒の外に出ようとしません。約10分間のトイレ休憩の後に再出発です。

 
天候はますます悪化するばかり。時折、外が全く見えないほど猛烈な雨に見舞われ、冠水している区間を避けるために部分的に迂回をすることも。いくつものジャンクションを経てゆくうち、車窓に広州市街の街並みが見えてきました。

 
高速道路を下りて市街の一般道へ入ると、街中の大渋滞にハマってちっとも前に進んでくれません。渋滞の一因は地下鉄工事による車線封鎖であり、工事箇所の防護壁には共産党の標語でびっしりと埋め尽くされているのですが、無理矢理に前向きなスローガンが虚しく思えるほど、バスの前後では強引な車線変更が繰り返され、道路はあちこちで冠水し、イライラが募るドライバーはみんなでクラクションの嵐を巻き起こし、もう何が何だかわからないカオス状態。

 
大渋滞の中でストップアンドゴーを繰り返しながらも、少しずつ通りを進んでゆき、やがてものすごい台数のバスがとまっているターミナルへと入ってゆきました。

 
五華から約4時間で広州の天河バスターミナルに到着です。そういえば、先ほどのバス券売り場のおばちゃんは、天河まで「4個小時」(4時間)と言っていたっけ。その言葉通りの時間に到着したわけですが、ということは、街中で渋滞に巻込まれるのは毎度のことであり、この時も予測し得るいつも通りの渋滞だったということなのでしょう。
私が乗ってきた五華発以外にも、各地からやってきたバスが次々に到着しては客を吐き出してゆき、下車客はみな一斉に出口へ向かって歩いてゆきます。天秤棒を担いだおじさんがいかにも中国らしい。

豪雨のためか構内の水はけが非常に悪く、あちこちで足元が水没しており、私を含む下車客たちは、浸水していない部分をみつけて飛び石状態でピョンピョンと跳ねながら出口の方へと歩いてゆきます。中国のみならず、海外って降雨時の排水がダメな公共施設が多いように思われます。その点、日本の道路や公共施設は排水対策がしっかりしていますよね(あくまで他国との比較という意味で)。

 
さて広州・天河バスターミナルの正面玄関までまわってきました。足元に敷き詰められているタイルが滑りやすくてイライラが募ります。今度はここから従化行のバスに乗り換えます。
実はそのバスに乗るまで、一旦地下鉄で市街に出て、ちょこちょこと用事を済ませているのですが、その件についてはここでは省略させていただきます。

 
バスターミナルの館内には、習近平が唱えるスローガン「中国の夢」が壁一面に貼り尽くされていました。ここだけではなく、中国のテレビCMでも街頭の看板でも、今回の旅行中ではとにかくこの「中国の夢」をイヤというほど目にしました。あくまで私の邪推ですが、従来は企業広告のために使っていたスペースですら、このスローガンに乗っ取られているようでした。中国は以前から街じゅうにスローガンがあふれていますけど、習近平体制になってから、その傾向がより一層増しているような気がしてなりません。

 
ターミナルは重層的な構造でしたから、初めて利用する私はちょっと迷いかけたのですが、1階左側に広がるチケット窓口の電光掲示に「従化」という地名が表示されていましたので、ここで並んでいれば良いのだろうと確信して列に加わったところ、予測通りに無事従化までのチケットを入手できました。右or下画像がこの窓口で発券された従化までの乗車券です。

 
券面に表記された「1楼36検票口」(1階36番ゲート)には既に列ができていましたので、その最後尾に並んでゲートが開くのを待ちます。この列に加わりながら「ようやく中国にも列をつくって待つ文化が根付きはじめたか」と感慨深く思ったのですが、そんな感想を抱くのはまだ時期尚早でした。というのも、その乗車口の前にバスが待機しているわけではなく、ゲートからちょっと離れた斜め前まで移動しなくてはいけないため、ゲートオープンと同時にみんな列を崩して我先にと急いで、中国おなじみの競争が始まってしまいます。しかも「従化」行のバスは複数台停車しており、どの車両に乗るべきなのか判然としないため、地元の人ですらこの車両で良いのかと迷って、右往左往していました。券面には車両や座席の番号が印字されていましたが、どうせあってないようなものですから、運ちゃんに「従化(cong hua)?」と聞いて、首を縦に振ったバスに乗り込んで、空いている席へ適当に座っちゃいました。

 
券面には15:08発車と書かれていましたが、実際にターミナルを出たのは15:15頃。乗車率としては窓側が全部埋まる程度。バスは従化まで雨の高速道路をひた走るのですが、途中から渋滞にはまって、ちっとも高速じゃなくなりました。

 
渋滞のために通常より30分遅れの1時間半でようやく従化バスターミナルに到着です。KFCなどおなじみの店舗が入っている比較的大きなターミナルで、最近の中国によくありがちなガラス張りの構造です。この時、なぜか正面には特殊警察部隊(特警)の戦車が停まって市民に睨みをきかせていたのですが、下手にレンズを向けて捕まるのは嫌なので、その様子は撮っておりません。装甲車なんて生易しいものじゃありませんよ。れっきとした主砲付きの戦車でした。なにか物騒な事件でもあったのかな?

 
ターミナル内には上画像のようなチケット売り場があります。従化温泉へ行くには、ここから更に路線バスへ乗り換える必要があるのですが、近郊へアクセスする近距離路線なので、チケットを購入する必要はなく、乗り場へ直接並んじゃえばOKです。ターミナルの一角には従化温泉にある温泉ホテルの広告が見られました。

 
ターミナル右端に近郊路線乗り場があり、そのうち「4番」が温泉行です。料金は3元均一の前払いで、上述のようにチケットは不要。上画像に写っている乗り場に並んでおけばOKです。日中は15分毎に運行されています。

 
左(上)画像はバス車内の様子。ごく普通の路線バスです。ターミナルを出発したバスは、途中で従化の市街中心部を通過し、その過程で乗客もどんどん増えていって、やがて満員状態になりました。

 
五華から広州までの道中でも道路冠水に何箇所か遭遇しましたが、ここ従化でも冠水が発生しており、私が乗ったバスの道中でとりわけひどかったのは、市の共産党支部前を横切る大通りでした(上画像)。バスは走り抜けられたものの、立ち往生している車も見受けられました。共産党の建物は威圧的で見るからに頑丈そうなのですが、その目の前の道がこの有り様では、元も子もありません。中国共産党の現状を象徴しているかのような光景です。

 
従化バスターミナルから約45分乗ったあたりで、車内の案内表示に「温泉站」と表示されたので、ブザーを押してそこで下車してみたところ、そこはちょうど温泉街の中心部でした。相変わらずの土砂降りが続いており、折りたたみ傘をさしても、地面を跳ね返る雨粒で容赦なく全身が濡れてゆきます。

 
温泉街は川に沿って南北に延びており、ちょうど目の前に橋が架かっていたので、その上から川面を眺めたところ、濁流が川幅いっぱいに溢れ、奔流が温泉街に迫っており、まさに洪水寸前といった状況でした。こんな状態なのにここにいて良いのかな?
しかもこの日はまだ宿を決めていないのに…。

次回に続く

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