金門島旅行 その8 宣伝放送用大スピーカー「古寧頭播音牆」

台湾

※今回記事も温泉は登場しません。温泉は今月中旬までしばらくお待ちください。

 
前回記事の「古寧頭戦史館」を出てから一旦バス停があるロータリーまで戻り、そこから北東へ伸びる歩道(サイクリングロード)を歩くことにしました。ひと気が全くない静かすぎる畑の中を突っ切っており、突如として現れた私に、そこでお昼寝していた牛がびっくりして起き上がってしまいました。畑には何の作物も植わっていませんでしたが、道端に落ちていた葉や茎から推測するに、おそらくここは高粱畑なのではないかと思います。

 
歩道をある程度歩いていると、道が突如として広くなり、そして一切曲がること無く、その先の岬まで真っ直ぐ伸びるようになりました。道の両側には畑が広がるばかりで、人家はおろか農機具小屋すらも見当たらないのですが、この道の突端にはコンクリ打ちっぱなしの箱形物体が1軒だけポツンと建っており、周囲には他に構造物が皆無であるため、めちゃくちゃ目立っているだけでなく、てっぺんには青天白日旗がはためいており、ただならぬ異様な雰囲気を醸し出しています。

 
「古寧頭戦史館」から徒歩20分弱で、この無骨なコンクリ躯体の下へと辿り着きました。入口の扉は南京錠で施錠されており、ドアの張り紙には「事前申し込み制のツアーに参加すればこの内部に入れたんだけれども、内部の鉄筋がむき出しになって危ないので、しばらく立ち入り禁止です。ごめんなさい」という旨が記されていました。入れなくなっちゃったとはいえ、この無骨な場所がツアーの見学先に値するだけの重要物であることが想像できます。右脇に立てられている看板には「古寧頭播音牆」という名称が紹介されていました。古寧頭とはここの地名ですが、播音牆という語句を手元のスマホで翻訳してみますと「放送する壁」と表示されました。放送する壁ってどういう意味?


 
反対側に回ったところ、その異様な姿に思わず「なんじゃこりゃ!」と松田優作ばりに大声で叫んじゃいました。コンクリの壁一面が穴だらけで、穴の数は横6×縦8=計48個。しかもその全部にスピーカー仕込まれているのです。

 
 
このコンクリの穴オバケは岬の突端に建てられており、目の前には現在位置を示した地図が設けられているのですが、これによれば中華人民共和国の大嶝島が目と鼻の先にあり、実際に島の姿が肉眼ではっきりと見えますし、大嶝島から左へ視線を移せば大都会である厦門の高層ビル群が林立している様子も確認できました。

もうお解りかと思いますが、このコンクリの穴オバケは、共産党支配下にある大陸側に住む人々に対して、国民党は良いですよ、資本主義は豊かな生活が遅れますよ、共産党はヤバイですよ、というプロパガンダ放送や音楽を大量のスピーカーから大音量で流して、心理戦を繰り広げていた放送所だったんですね。1967年に建設され、48個のスピーカーから流された放送は、気象状況にも左右されたかと思いますが、なんと25km先まで届いており、目の前の大嶝島などの島嶼はもちろん、厦門(アモイ)や泉州といった沿岸の都市でも聞くことができたんだとか。

金門島には同様の放送所が他に4ヶ所あり、国共対立の緊張が続いていた頃には、それぞれで同様にプロパガンダ放送を行っていたんだそうです。かつて思想宣伝の放送が飛び交っていた海は、今では余多の貨物船が輻輳し、放送ではなく潮騒と船の汽笛が響いていました。

Youtubeを検索していたら、生前のテレサ・テン(麗君)が、この「古寧頭」とは別の「馬山」という放送所から、大陸に向かって行ったプロパガンダ放送の様子がありましたので、ここでご紹介させていただきます。この映像は元々日本のテレビ局で放送されたものを台湾人か中国人がYoutubeにアップしたものらしく、映像の中では日本語の字幕が表示されますので、どんなことを話しているか、おわかりいただけるかと思います。テレサ・テンは中国大陸でも人気を博し、かつての共産党最高指導者である小平と姓が同字であったため、「白天聴老,晩上聴小」(昼間は小平の講話を聴き、夜はテレサ・テンの歌声を聞く)という言葉が流行ったんだそうですから、この放送も結構な影響があったのでしょうね。

彼女は台湾出身ですが両親は外省人であり、国共対立やアジアの複雑な世界情勢に翻弄された人生を送ったことはよく知られています。たとえば、日台の国交断絶後はインドネシアのパスポートを使って日本に渡ろうとしたり、国際的な問題で揉めた後は中華民国の宣伝塔になることを条件に台湾での芸能活動を許されたり、両親の故郷である中国大陸に想いを寄せながらも天安門事件で大陸への夢に絶望したり・・・。上の映像では軍服に身を固めて笑顔でマイクに語っていますが、その表情の裏に隠れされた本心は、はたしてどんなものだったのでしょうか。

スピーカーを使った大音量の政治宣伝工作って、いかにも20世紀らしいアナログな手法だなぁと思いながらこの記事を書いていたのですが、最近のニュースでもこのスピーカーに既視感を覚えるような事件がありましたよね。つい先日、朝鮮半島の南北境界線上で発生した地雷にまつわる一件です。ご存知の通り、今年(2015年)8月4日、軍事境界線の非武装地帯に仕掛けられていた地雷を、哨戒中の韓国軍兵士が踏んでしまい、下士官2名が負傷してしまいました。韓国はこれを北朝鮮側の仕業と判断し、それに対する報復措置として、多数のスピーカーによる大音量宣伝放送を北朝鮮へ向けて行ったわけですが、この手法って、金門島の播音牆と全く同じじゃないですか。方法としては古典的ですが、21世紀の今日において、先端技術で世界の家電業界を席巻しているあの韓国が、前世紀における金門島の国民党と同じやり方で政治宣伝を行い、しかもそれによって北朝鮮は相当なダメージを受け、「もうやめてくれ」と言わんばかりにスピーカーを壊すべく砲撃しちゃったらしいのですから、このアナログで単純なやり方は、意外にも時代を超越する強烈な効果があるのかもしれません。
 参考:AFP通信2015年8月20日「北朝鮮、韓国に砲撃 48時間以内のスピーカー撤去を要求」

次回へつづく

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コメント

  1. 南島渡 より:

    Unknown
    TBSにより、youtube動画へのリンクはずされていますね、しかし、youtubeで「麗君 金門馬山」で、出ました。
    良かった〜

    麗君は、外省人だからね〜

  2. 南島渡 より:

    Unknown
    TBSにより、youtube動画へのリンクはずされていますね、しかし、youtubeで「麗君 金門馬山」で、出ました。
    良かった〜

    麗君は、外省人だからね〜

  3. K-I より:

    Unknown
    南島渡さん、こんばんは。
    投稿して以来、恥ずかしながら自分の記事をチェックしていなかったのですが、コメントを頂戴して、今ようやくYoutubeがリンク切れになっていることに気づきました。後ほど「麗君 金門馬山」で検索して出たものを、改めてリンクさせていただきます。ありがとうございました。

  4. K-I より:

    Unknown
    南島渡さん、こんばんは。
    投稿して以来、恥ずかしながら自分の記事をチェックしていなかったのですが、コメントを頂戴して、今ようやくYoutubeがリンク切れになっていることに気づきました。後ほど「麗君 金門馬山」で検索して出たものを、改めてリンクさせていただきます。ありがとうございました。

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